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アンソロジー ∠ 雪降る校庭

 栞と出会ってから、4年が経とうとしている。
 初めて会ったときから、色々と起こった。
 単純かもしれないが、悲しい事、楽しい事、辛い事、苦しい事。
 本当に色々な事がありすぎて、この4年が凄く短く感じた。
 それこそ、1年、2年ぐらいの長さに……… 。


雪降る校庭
Writing by 夢月 紫音


「いや〜今年で栞も卒業か〜、良かったなぁ〜、栞」
「はい!ありがとうございます!」

 ある休日、栞と少し遠くの街に遊びに行っていた時、目に入った喫茶店で栞と2人で休んでいた。
 俺は、コーヒー。
 栞は、オレンジジュース。
 俺たちの飲み物が届いてからの会話だった。

「でも、ようやく卒業か〜、本当なら去年卒業のはずだったんだけな」
「う〜、そういう事言う人嫌いです」

 少し膨れ面になる栞。
 そして、ジュースをあおる。

「しょうがないじゃないですか〜、あの後、学校の出席日数が足りなくて、1年生からやり直しをしたんですから〜」

 そう、栞が病気の為に一年間ほとんど、学校に行ってなかった。
 その為に、学校を一年からやり直しをしていた。
 そして、今年で3年目。
 卒業の年である。

「あはは、ごめんごめん。それにしても、本当におめでとう、栞」
「はい!ありがとうございます!!本当に嬉しいです!まさか、祐一さんと同じ大学に通えるなんて夢のようです。 昔の私じゃ考えられませんでした……」

 そう言って栞は、満面の笑みを見せたあと、少し俯く。
 しかし直ぐに笑顔に戻り、またジュースを飲む。
 栞の見せてくれている喜怒哀楽と言った表情は、俺にどれだけの元気を分けてくれるだろう。
 俺は、栞が側にいてくれるだけで元気が出てくる。
 栞は皆に助けてもらったと言っていたが、俺が栞の存在に助けられてるのかもしれない。
 自分が受験を行ってる時、栞と言う存在には凄く助けてもらっていた。
 栞の見せてくれる表情が俺の心を救っていてくれたのだ。
 そう考えてると、自分でも顔が赤くなって来るのが分かり、慌ててコーヒーを飲む。

「あちっ!」
「あっ!大丈夫ですか、祐一さん!」

 心配になった栞が顔を近づけて来る。
 俺はコーヒーを落とさない様に注意しながらコーヒーカップを置き、下を向いたまま返事を返した。
 下を向いたままなのは、まだ顔が火照っていたからだったりする。

「大丈夫、大丈夫。心配ないよ」
「そうですか、ならいいのですけど……」

 心配そうな顔はそのままで、自分の席に腰を下ろす栞。

「本当に大丈夫だから。思ったより少し熱かっただけだから、心配ないよ」

 そう言って、栞を安心させながら、俺は栞に視線を向ける。
 栞の表情は、どこか優れない。
 俺は栞に向かい、舌を見せて言った。

「焼けどとかしてないし、大丈夫だって!」

 舌を出しながら言った所為か、自分でも何を言ってるか分からない言葉になってしまっていた……。
 栞は、そんな俺を見ながら笑い、言葉を返して来た。

「祐一さん、なに言ってるかわかりません」

 その後、栞はクスクスと笑っている。
 そんな栞を見ながら、俺も一緒になって笑っていた。
 その後は喫茶店を出て、街中のショップを見ながら散歩をして、何時の間にか時間があっという間に過ぎ、栞の門限が迫っていた。
 何度か門限に遅れた事もあるが、門限に遅れると怖いお姉さんからのお仕置きがあったりする。
 出来れば、あんなお仕置きは受けたくない……。
 栞に聞いたら、門限を破った時のお仕置きはまだ序の口らしい……。
 普段はもっと恐ろしいお仕置きを受けてるそうだ。
 そんなお仕置きなんて、想像もしくないな……。
 帰りの電車時間を確認しつつ、話しながら帰っていると栞がふっと言った。

「雪だるま、作りたいです」
「雪だるま?」
「はい!」

 明るい声で返してくる栞。

「今年は、雪の量も多いので、雪だるまを作るには最高の環境です!」
「う〜ん。確かにそうだが……。別に今年じゃなくてもいいんじゃないか?」
「えう……。そんな事言う人、嫌いです!」

 そっぽを向き、顔を曇らせる栞。
 そんな栞を横目に、何時かの約束を思い出していた。
 栞との約束。
 俺、栞、北川、香里。
 4人で大きな雪だるまを作るのが栞の夢だった。
 あの時に交わした約束。
 絶対作ろうと交わした約束。
 忘れる訳がない。
 ただ、最近の温暖化の所為か、雪が年々少なくなっていた。
 その為、栞との約束を未だに果たせていない。

「冗談だ。去年とか一昨年は、雪が少なくて作れなかったからな」
「はい。だから今年はどうしても作りたいなぁ〜と思いました。雪もいい感じに降って積もってる事ですし!」
「そうだな、この調子だと来週の休みにはちょうどいい雪が積もるだろうしな」

 そう言って、俺は少し考えた。
 確かに元気になった栞とは言え、まだ病気が完治した訳ではない。
 とは言え、栞を悲しませたくもない。

「栞、体は大丈夫なのか?」

 勝手に口が動いていた。

「大丈夫です!!」

 元気な栞の声。
 この期待に満ちた声を聞いてしまって、Noと言えるだろうか……。

「よし!来週の休みに、雪だるま作るか!」
「本当ですか?」
「あぁ、このチャンスを逃すと今度は何時になるか分からないからな」
「やった〜!!」

 はしゃぐ栞。
 まるで小さな子供の様だ。
 そんな栞を見ながら思う。
 この笑顔に俺は、何時でも励まされるんだよなぁーと……。

「さて、問題は北川達をどうやって連れ出すかだな」
「それなら、大丈夫です!」

 自信たっぷりに言い切る栞。

「どう言う事だ?」
「お姉ちゃんに言えば、北川さんも着いて来ます!」

 栞の小悪魔的な笑顔。

「あー、なるほど」

 目を遠くに向けながら、納得をしてしまう。
 北川と香里はいつの間にか付き合っていた。
 しかも、香里から告白したと言うのだから驚きだ。
 絶対に香里から告白とかしないだろうと思っていたのに……。
 香里から告白された北川は、舞い上がって怪我をしたらしいけど、本当にどう言う状況だったんだろうか……。
 何時の間にそう言う関係になったのかを聞いたら、香里が辛い時、北川に助けられていたそうだ。
 北川本人は助けたとは思っていないみたいだが、香里にとっての北川は、無くてはならない人らしい。
 ようするに、相思相愛と言う事だ。
 まっ、二人が幸せなら問題ないと言う事だろう。
 でも、案の定、北川は香里には逆らえない様子。
 香里は香里で栞から言われれば、予定が詰まっていたとしても、意地でも明けて栞と一緒に過ごしている。
 たまに、北川も一緒らしい。
 栞の周りがそんな状態なので、栞が香里に言えば、おのずと全員集合になる。

「じゃぁ、栞。連絡頼んだぞ」
「はい!」

 元気な声を出して返事を返してくれた。
 栞が返事をした時、ホームの案内が鳴った。
 数秒後、電車がホームに入って来て、電車に乗り込み手を繋いで帰路についた。
 そして日は瞬く間に過ぎ、一週間後の土曜日。
 俺達は母校の校庭にいる。
 栞にとっては、通いなれた高校って感じだろうけど。

「なんで、校庭なんだ?」
「綺麗な雪があるのは校庭かと思いまして、ここを選びました!」

 自分の選択は最高だと言わんばっかりの自信を持ちながら、栞は言った。

「一体、何メートルの雪だるまを作るんだ?」
「50メートルです!」
「……、今なんと仰いました?栞さん……」
「だから、50メートルです!」

 とんでもない事を言っている栞。
 その表情は、高さの変更は断じて許しませんと顔に書いてある。
 意思が強いのは良いが、不可能な事はどうかと思うぞ……。

「不可能だと思うぞ……」

 なので、はっきりと言ってみる。
 勿論、弱弱しくだが……。

「う〜、祐一さん、そう言う事を言うのですね。そう言う事言う人嫌いです!」
「いや、50メートルってビルぐらいの高さがあるじゃないか。流石にこの雪の量と、俺達みたいな学生には無理だぞ……」
「えう〜」

 今にも泣きそうな栞……。
 何とかして説得を試みる。

「せめて、2メートルから3メートルにしないか?な?」

 俺の言葉に、栞は考える素振りを見せる。
 栞の中で決着が着いたのか、顔を上げて言葉を出す。

「わかりました。悔しいけど、祐一さんの言ってる事も尤もなので、そのぐらいの大きさで良いです」
「ありがとう、栞」

 心の中で小さなガッツポーズを取り、言葉では素直に礼を言った後、北川と香里が居ない事に付いて聞いてみた。
 曰く、北川と合流してから学校に向かうとの事だった。
 二人と合流するまで時間もあるので今回の流れに付いて話していると、二人が幸せそうに手を繋ぎながらこちらに向かって来た。

「うわ〜、久しぶりね。この学校も……」
「だな〜」

 呑気に話をしながら、合流する二人。
 相も変わらず幸せそうですね。
 お二人さん……。

「久しぶりね、相沢君」
「本当、久しぶりだな。相沢と栞ちゃん」

 この二人には、高校を卒業してから何回か会っているが、ここ最近はお互い忙しくてあまり会っていなかった。
 なので、俺にとって二人と会うのは久々だったりする。
 香里が北川を家に連れて来る事が少ないらしく、栞も北川と会うのは久々だったらしい。

「おう!久しぶり!香里に北川!」
「お久しぶりです。北川さん」

 久しぶりの再開に話が弾む俺達。
 集まった本来の目的を忘れつつあった俺達に、栞の一言でその目的を思い出させてくれた。

「祐一さん、そろそろ雪だるまを作りませんか?」
「お、そうだな。」
「さぁ〜、でかいの作るぞ〜!!」

 俺に続いて、気合を入れる北川。

「そうね。さっさと始めましょうか」

 冷静に切り返す香里。
 こうして、俺たちの雪だるま制作が開始された。
 雪だるまを作るに当たって、最初は体の部分を制作開始。
 まず、小さな雪玉を作り、それを雪が綺麗な場所で転がすとだんだん大きくなっていく。
 校庭の雪は、無くなる事を知らなかった。
 大きくしていっても、見た目で雪が減らなかった。
 体の部分が完成に近づいた頃、香里が石を中に込めた反則な雪球を俺に向かって投げてきた。

「石を中に込めるのは、反則だぞ!」

 当然のごとく、それに反抗して投げ返す俺。
 しかし、それが北川にあたり、北川の球が栞にあたり、こうして4人の雪合戦が始まった。
 皆が笑っていた。
 心のそこから笑っていた。
 またもや目的を忘れかけた所で、栞が皆に目的を思い出せ、今度は頭の部分を制作開始。
 体の部分より少し小さめに作っていった。
 丁度いい大きさになった雪玉を胴体の上に置く事になった。
 香里と栞が胴体の上に乗り、下で俺と北川が頭を持ち上げる。
 持ち上げた雪玉を香里と栞が胴体の上にのせる。
 形が悪くなった部分等を他の雪で形を整え、近くにあった枝を両脇にさして、目をつけて完成。
 全長3メートルはあるだろう。
 本当にでかい。
 そして、達成感も大きかった。

「大きいですね〜」

 栞は、嬉しそうに言った。

「本当ね。この校庭の雪だけでも、結構な大きさが作れるもんね」

 香里が栞に同意しながら、自らの感想を言った。
 俺と北川は、姉妹の後ろで雪だるまを見ていた。

「あっ」

 栞が小さな声を上げる。

「雪が降ってきました」

 栞の一言でみんなが空を見上げる。
 舞い降りてくる雪の結晶。
 雪だるまで雪が少なくなった校庭に、雪が積もり始める。

「今日は、晴れるはずだったのな」
「天気予報はね。でも、必ずしも当たるとは限らないわ」

 北川と、香里の会話。
 俺は、空を見上げていた栞を見つめる。
 もう、栞と迎えることが出来ないと思っていた冬。
 今回で、4回目だ。

「祐一さん、今日は我侭に付き合ってくれて有難うございました」

 俺に向き直って栞は言った。

「お姉ちゃん、北川さんも本当にありがとうございます。どうせなら、スケッチブックを持って来れば良かったですね」
「雪が降ってる中で、スケッチする気?風邪を引くわよ……」

 頭を抱える香里。
 香里の言葉を聞いて苦笑いをしながら、栞は答えた。

「そうですね。残念です。でも、こんな楽しい冬の日が迎えられて本当に嬉しいです!皆さん、本当にありがとうございました」
「栞……」

 栞は満面の笑みだ。
 そんな栞を香里は、優しく抱擁する。
 栞の笑顔に、俺は本当に救われる。
 外は寒いのに、心の中は暖かい。
 この時間が永遠になればいい、俺は密かに思った。
 皆で会って、遊んで、笑えて、そんな時間を永遠に……。
 そう思っていた。
 あの時の俺に伝えてやりたい。
 信じればいい。
 ただ、信じて側に居てやれと……。
 そして、絶対に信じる気持ちは忘れないでくれと……。
 俺は、栞が居ないと生きて行けないだろう。
 栞が居ないとダメなんだ 。
 抱擁する香里と栞が話すのを見ながら、俺は思っていた。

「お〜い、相沢〜、お前もこっちに来いよ〜」

 北川の声で、現実に引き戻される。
 北川は、校庭の大きな木の下で降って来る雪から非難していた。
 俺は急いで、北側の元へ行き、皆と話をしながら、雪が止むのを待っていた。
 空は青空も覗いてるし、直ぐに止むだろう。
 暫くして雪が止み、もう一度、雪だるまの側に皆で行った。
 雪は校庭を白く染め、そして……。

「うわ〜、大きいです〜」
「でけ〜」
「思った以上ね」
「本当にでかいな」

 皆が皆、自分の言葉で雪だるまを評価する。
 少しの時間しか降っていない雪が、俺たちの作った雪だるまをさらにでかくしていた。

「神様の素敵な贈り物ですね」
「そうだな……」

 栞が言う。
 俺が答える。
 北川は黙って雪だるまを見る。
 そこに香里が何処からかカメラを持って現れた。

「折角だから、皆で撮りましょうよ」
「おぉ!いいアイディアじゃねぇか!よしっ!雪だるまの前に集合!!!」

 そう言って仕切る北川。
 香里の持って来たカメラにはセルフ機能が付いており、北川がカメラをセット。
 そして、シャッターがきられる。
 カメラの前の俺達は、雪だるまを背景にして、各々の好きなポーズで写っていた。
 その表情は、心の底からのとびっきりの笑顔だった。
 そして、暫く雪だるまを見ながら談笑し、その日はそのまま解散になった。
 北川と香里は寄る所があるらしく、一緒に帰って行った。
 その際、香里は俺に、責任を持って栞を送り届ける様にと脅迫……いや、言っていった。
 勿論、俺は最初からそのつもりだったので、香里を安心させ、北川と香里を栞と一緒に見送った。
 北川と香里を見送った後、俺達も学校からの帰宅した。
 その帰り道、栞は俺に言った。

「奇跡でしたね、神様が私達に素敵な送り物をして行ってくれました」
「そうだな、予定していた以上の大きさになったな」
「はい!」
「でも、奇跡は起こらないから奇跡って言うんじゃないのか?」
「はい」

 帰っていた足を止め、俺の方を見る栞。

「でも、こんな奇跡もあっていいかもしれません。だって、素敵じゃないですか」
「そうだな」

 俺も足を止め、栞に静かに返事を返す。

「私は、こんな日が何時までもずっと続いて欲しいです。祐一さんが側にいて、周りには北川さんとお姉ちゃん。みんなで楽しく笑って過ごす日々があって欲しいです」
「ずっと、あるさ。俺がそういう日々を作ってやる。約束だ。」
「はい、約束です」

 そう言って俺は、静かに栞を抱いた。

『無くしてなるものか……、必ず栞にとって幸せな日々を作ってやる。』

 心の中で誓って、栞と二人で帰路についたのだった。


 後日、学校に作った雪だるまが中々溶けず、学校に迷惑がかかっていた事は言うまでもない……。


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