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オリジナル ∠ 雨のひと時
雨のひと時
Writing by 夢月 紫音
「はぁー……」

 誰もいない店内にマスターのため息が響いた。
 外は雨。
 こんな日は大抵、暇な事が多かった。

 カラン…カラン……

 そんな時、ドアに付けた来客用の鈴が軽快に鳴り響く。

「いらっしゃい」

 静かにそのマスターが言った。
 マスターは来客してきたお客さんの顔を覗いた。
 歳は、20代前半の男性。
 ルックスなどは、たいして気にしてない様子だった。
 男性は、自分の知る家とばかりに雨を振り払いながら、席へ向かった。
 男性が席に座るなり、マスターは言った。

「今日は?」

 マスターに視点を合わせず、雨が降る外に目をやりながら答えた。

「いつものでお願いします」
「かしこまりました」

 やはり静かにマスターは答えた。
 マスターは男性を見ながら不思議に思っていた。
 この男性は最近、店に足を運んでくれる常連さんの一人だ。
 雨の日も、風が強い日も必ず同じ時間に店にやってくる。
 そして、雨の日は決まって寂しそうな顔をしている。
 注文するのは決まってオレンジジュース。
 マスターは以前からその男性に、興味をそそられていた。
 ふと、マスターの好奇心から男性に話しかけてしまった。

「お客さん、最近ずっと来ていますよね?誰かに待ち惚けを食らったんですか?」

 オレンジジュースを運びながら、マスターは言葉を発した。
 男性は、外から目を離し、マスターに向いた。

「いや……、はは…、ちょっとありまして。でも、待ち惚けとかではないですよ」

 男性は苦笑しながらも、マスターの疑問に関しては否定した。
 そして、男性はマスターに会釈をし、ジュースを受け取ると、また外に顔を向けた。


 男性の詮索されたくない気持ちに気付いたマスターは、カウンターに戻り仕事をまた始めた。
 男性は、オレンジジュースに挿しているストローを加えながら、外を見ていた。
 その表情は、やはりどこか寂しい感じがする。
 マスターは、1つ小さなため息を吐いた。
 そのため息の後に聞こえてきたのは、外の雨音と、店内に流れる音楽だけだった。
 そして、数十分がたった頃、ドアの方から音がしてきた。

 カラン…カラン……

 ドアに付けた来客用の鈴が軽快に鳴り響く。

「いらっしゃい」

 静かにそのマスターが言った。
 マスターは来客してきたお客さんの顔を覗いた。
 歳は、20代後半の女性。
 女性はマスターに軽く会釈をして、カウンターに座る。
 マスターは少しびっくりしていた。
 雨などの天候が悪い日には来ない常連さんだ。
 そんなお客さんだからこそ、マスターの好奇心がはしゃいだ。

「やぁ、こんにちは。今日は珍しいね」
「えぇ、ちょっと用事で近くまで来たものですから」
「用事って仕事かい?」
「そうですね、たいした内容でもないんですけど」
「なるほど、ところで注文は?」
「そうですね、いつものと、あと軽く食べられるのってありますか?」
「サンドイッチとかどうだい?」
「それでお願いします」
「かしこまりました」

 女性は、マスターの問いかけに笑いながら答えた。
 マスターは、女性の注文をプロの手つきでこなしていく。
 そして、サンドイッチを作っている時に妙な視線を感じた。
 マスターはそちらに目をやってみるが、女性が濡れた髪を整えるのと、男性が外に目を向けているのしか見えない。
 思い違いだろうと思って、マスターは作業を続けた。
 暫くしてサンドイッチとコーヒーが出来上がった。
 それを、カウンター越しで女性に渡す。

「お待たせいたしました」
「ありがとうございます」

 女性は、コーヒーを溢さない様にそっと、自分の前に置いた。
 マスターはそれを見て、自分の作業に戻っていった。
 しかし、そこでまた妙な視線を感じた。
 また振り向くマスター。
 先ほどとの違いは、女性が食事をしているのしか違わなかった。
 しかし、もう1つの違いに気付いたマスターは、男性の前に歩いていった。

「お客さん、おかわりはいかがですか?」
「え……」
「サービスしておきますよ」

 マスターは優しい顔をしながら、女性に気付かれない様に言葉を発した。
 男性は素直に驚いた。
 マスターは気付いたのだった。
 女性が姿を現してから、男性が笑顔になった事を。

「……、それじゃ、お願いします」
「かしこまりました」

 照れながら男性は言った。
 その照れに答えるかのようにマスターは、注文を受け取るとカウンターに引き返し、オレンジジュースを作り始めた。
 去っていくとき、マスターがウィンクを飛ばしたのが男性の照れを少し緩和させたのか、男性はリラックスした表情を出したのだった。
 そして、先ほどと同じ様に、男性へ持っていった。



 暫くして、女性が食事を取り終わるのと同時ぐらいに、雨は上がった。

「おや、晴れましたね」

 マスターはカウンター越しの女性に言った。

「そうですね。助かりました」

 そう言葉を発した女性は本当に嬉しそうな顔をしていた。
 その後、少し談笑してから、女性は会計を済ませ、店を後にした。
 その後姿を確認した後、男性も会計をしにカウンターまで歩いてきた。

「さっきは、ありがとうございました」

 素直に礼を言う男性。
 その顔は、本当に嬉しそうな顔をしていた。

「礼を言われる程でもありませんよ」

 マスターは、男性を見ながらニヤっと顔をさせた。
 男性は、少し照れているが、隠す気はもう無いようだ。
 そのまま会計を済ました男性は、女性とは反対方向に歩いていった。
 誰もいない店内を見回し、マスターはまた、自分の作業へと戻っていた。
 明日、明後日の準備の為に………。


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