| 回廊 | ▽ 小説 ▽ | 音楽 | 奉納 | 玄関 |
オリジナル ∠ 歩いて、止まって、また歩く
歩いて、止まって、また歩く
Writing by 夢月 紫音
 僕は歩いていた。
 ドコへ向かうでもなくただ歩く。
 目的もなく、意思もなく、ただ歩いていた。
 でも、体は動いていない。
 横になっている。
 現実の世界では寝ている僕。
 コレは夢なのか?
 でも、夢ではない感覚。
 僕が僕を自分で見ている。
 しかも、客観的な立場から。

「そうか」

 僕は瞬間的に何かを感じた。
 感じながらも、僕は動揺をしていなかった。
 それは、何かの抜け殻から抜け出した感覚。
 僕は、その場から離れた。


 僕の体を残したまま、そこから離れた。
 暫くして、僕は空を歩いていた。
 絶対、他の人間には真似の出来ない空を歩く。
 体がないのに、気持ちいいと言う感覚が僕をおそう。
 僕は呟いた。

「気持ちいいなぁー」

 その呟きは、空気を振動しない分、音にならない。
 しかし、空を舞う雲や鳥などには聞こえたみたいだった。
 雲が言った。

「人間、こんなところで何をしている?」
「いや散歩」

 僕は言った。

「そうか。だったら、ちゃんと戻るんだな?」
「なんで?」

 質問を質問で返す。

「そうしないと、お前がお前じゃなくなるからだ。だから、ちゃんと戻るんだろうな?」
「雲さん。意味が分からないよ。僕が僕でなくなる?どう言う意味だろう。でも、ちゃんと戻るよ」

 僕は意味が分からなかったが、素直に雲にいった。

「戻るなら、気にしなくて大丈夫だ。ちゃんと戻れよ」

 雲はそう言って、ゆっくりと流れていった。
 次にあったのは、空の住人、鳥だった。

「そこの僕?こんなところで何をしてるの?」
「いや、散歩だよ?」

 僕は雲に言った事と同じ返事をした。

「ちゃんと、戻るの?」

 鳥は、雲と同じ事を聞いてきた。

「ちゃんと戻るさ。雲さんも同じ事をいっていたんだけど、どうして戻ると聞くの?」

 僕は疑問に思った事を素直に聞いてみた。

「それは、戻ればわかるよ。ちゃんと戻るんだよね?」

 鳥は再び、同じ事を聞いてきた。

「約束するよ」

 鳥に約束を僕はした。

「わかった。気を付けて散歩をしなね」

 鳥は、笑顔になって自分の行きたい方向に飛びだっていった。
 僕は、鳥を見送って、散歩を続けた。
 散歩をしている途中に大きなビルがあった。
 疲れを知らない体だけど、疲れた感じがした。
 僕は、ビルの屋上に腰をかけた。

「疲れたな……歩くの辞めようかな」

 体は疲れてないはずなのに、何かに疲れていた。

「帰るの辞めようかな」

 僕は呟いた。
 雲も鳥もいない。
 何もないところで僕は呟いた。
 声にならない声は、誰の元にも届かなかった。
 僕は考えてみた。
 普通の人間には出来ない事を今している。
 しかし、周りには誰もいない。
 誰にも自慢出来ないし、この気持ちを話せる人間もいない。

「寂しい」

 また呟いた。
 そして、泣いた。

「寂しいよぉー。うぅ……ぅ……うわぁーんー」

 声にならない声で僕は泣いた。
 虐めにあっても、親に苛められても泣いた事がないのに、僕は初めて泣いた。
 鳥や雲を思い出しながら泣いていた。
 あの優しい笑顔を思い出しながら泣いていた。
 そして、現実の世界であった事を思い出しながら、泣いていた。
 何も良い事がなかった。
 虐め、親の虐待、先生からの拒否。
 それでも、一生懸命生きていれば何かいい事があるかもしれない。
 そんな希望を胸に残しながら、僕は生きていた。
 でも、今が一番……
 寂しい……
 僕は全部の思いを込めながら泣いていた。
 見えない涙をみせながら……
 声にならない大きな声で。
 そして、一通り泣いて落ち着いた時に思い出した。
 雲や鳥が言っていた言葉。

「戻るの?」

 意味は分からない。
 考えても分からない。
 そして、僕がここいる理由、生きている理由も考えてみた。
 答えなんて出てこない。
 でも、鳥と約束もした。
 戻らないといけない。
 僕の現実の世界に。
 だから、僕は立ち上がって、
 目的と意思をちゃんともって……


 帰っている途中、僕は現実の僕を心配した。
 僕がここにいるのに、現実の僕は何をしているのだろう。
 そう思ったら僕は走っていた。
 僕の体に向かって走っていた。
 体は疲れを知らない。
 だから、全力疾走で走っていた。
 鳥を追い抜き、雲を抜く。
 抜かれた鳥と雲は満面の笑みをこぼしていた。
 僕は、また僕の前にいた。
 でも少し状況が違っていた。
 周りには親や、僕を苛めていたクラスメートがいた。
 白い服を着たおじさんや、お姉さんがいた。
 いろんな機械が僕についている。
 そして、親、クラスメートが泣いていた。
 僕を苛めていた中心角の男の子が一番泣いていた。
 僕はそれを上からみていた。
 そして思った。

「僕は……」

 目に見えない涙を流しながら、声にならない声をだしながら、

「現実にいてもいいんだ……」

 そう思ったら突然目の前が暗くなった。
 そして、次に明るくなる前、段々と周りの声が聞こえてきた。
 僕はその声に引き寄せられる様に、自分に光りを導いた。
 その瞬間、周りが静かになった。
 僕が完全に世界を見渡した時、上から見ていたはずの景色が下から見上げている状態だった。
 そして……。
 周りにいる全ての皆が泣いた。
 僕も泣いた。
 声にだして、見える涙を流しながら。


 僕は今、道路の上に立っている。
 空の上ではなく、アスファルトの上に立っている。
 現在の僕が、此処に存在する。
 僕は、空から戻ってきた。
 声も聞こえる。
 涙も見える。
 でも、雲と鳥に話は出来なくなっていた。
 それは少し寂しいけど、側にいる事は知っていた。
 だから、少しの寂しさはあるけど、嬉しい気持ちが強かった。

 そして、僕は歩いた。

 目的と、意思を持ちながら……。


≪   ▽ 小説一覧へ戻る ▽ > 感想を書く < △ 上に戻る △   ≫
Copyright © 2003 - 幽楽幻奏団 - Sound Illusion - / みねすとろーね All Rights Reserved.